●words from SAYOKO
●第一章 レッドカーペットを歩く
●第二章 子供の頃の東京下町
●第三章 日活に怒られたアヴァンギャルドな映像
●第四章 現場で発揮される早い決断、シャープな視点
●第五章 見えるもの、見えないもの
鈴木清順●Seijun Suzuki
1923年東京日本橋生まれの下町育ち。学徒出陣し九死に一生を得て復員後、旧制弘前高校を卒業。東大受験に失敗するも48年に松竹大船撮影所助監督試験に合格し映画の道へ。日活に移籍し56年に『港の乾杯 勝利を我が手に』で監督デビュー、以後、専属監督として名を馳せ、映画史に残る名作を次々に発表。その先鋭的映像表現ゆえ会社と衝突することもあり『殺しの烙印』でついに解雇される。77年『悲愁物語』で映画界に復帰後、81年に『ツィゴイネルワイゼン』でベルリン国際映画祭審査員特別賞受賞、05年には『オペレッタ狸御殿』がカンヌ映画祭の特別上映作品として公式上映され、満場の喝采を浴びた。90年に紫綬褒章受章。そのケレン味たっぷりの大胆な構図と色彩に溢れたアヴァンギャルドな映像美は「清順美学」と呼ばれ、メジャーからカルト界までを魅了、世界の名だたる映画監督からもリスペクトされている。昨年、日活時代の映画作品がデビュー50周年記念の自選によるDVD BOX『惚れた女優と気心知れた大正生まれたち』『日活から大目玉をくらった作品』にまとめられた。

鈴木清順さんとは『チゴイネルワイゼン』が公開された直後に雑誌で対談したのが、直接お目にかかった最初のことでした。その後『ピストルオペラ』に出演させていただいたり、仕事をされる清順さんの後ろ姿をこれまで拝見できたことは幸運なことでした。

昨年で監督デビュー50年になられたそうですが、これまでに撮られたどの映画を観ても、その感覚のアヴァンギャルドさ、感覚の若さには驚かされます。それはまた作品の上だけでなく、実際に現場で指揮を執られるご自身もそうなのです。

監督というのはほんとうに大変なお仕事であると思います。現場で演出されるときも瞬時に決断していかなくてはいけないことが多い。「監督、どうしますか」と聞かれて「こうしよう」と決断をくだすとき、あるいは「そこで台詞を言ってみて」と指示を出すときの、判断の素早さ、的確さ、視点のシャープさ。その指示を実現しようと走り回る、若いスタッフの熱意と熱気もすばらしい。けれど、その中の誰よりも若さに溢れてエネルギッシュでいらっしゃるのが清順さんだったりするのです。

どうしてこれほどアヴァンギャルドで瑞々しい感覚をお持ちなのだろう、とその後ろ姿を見ていつも不思議に思っております。

たとえば『殺しの烙印』映画には炊きたてのご飯の匂いが好きな殺し屋が登場しますが、あの印象的なシーンはじつは電気釜のタイアップから生まれたそうです。そうしたことさえも生かし切りるのが、清順さんのすごさです。しかもそれが時代を象徴し、別の意味さえ含むものにもなっている。ご飯の匂いをかぐ殺し屋のシュールな姿から、前の戦争で白いご飯をお腹いっぱい食べたいと願う人たちが大勢いたことさえも考えさせられてしまう。楽しい中に、物事の本質を突くような深さがあるのです。

今回、改めてお話を伺う機会を得ましたが、やはり面白い語り口の中に、さりげなく深い一言が漏らされる。楽しいひとときを過ごしながら、心の居住まいを正したくなる大切なことに気づかせてくださいました。


    
 



Copyright(c) mokohan productions all rights reserved 2006