●words from SAYOKO
●第一章 金属打楽器との出会い
●第二章 金属の響きへと導かれた2つの経験
●第三章 山梨の八ヶ岳山麓で
●第四章 生命が生命であるということ
●第五章 モンゴル仏教とシャーマニスム
 
第二章 金属の響きへと導かれた2つの経験

山口 パンク・ロッカーだったのが、いきなり鈴(りん)の響きに目覚められたのね。
長屋 いきなりというよりは、その前に体験したことですでに金属の響きはぼくの中にインプットされていたかもしれない。

ぼくは昔から幻聴体質なんですよ。聞こえるはずのないいろんな音が聞こえるんです。それで対馬に旅行に行ったときに、ものすごい幻聴の体験をして。

対馬にはとても複雑なリアス式海岸があって、その入り江のいちばん奥に和多都美(わだつみ)神社が建っているんですが、そこに夜中に一人で行ってぼーーっとしていたんです。そうしたら変な金属音が聞こえてきたんです。金属の響きに変調をかけたような音というか、シンセサイザーで加工をしたような音が、多層的にうわーっとうなり始めた。

「……幻聴かなぁ、やばいなぁ、気が狂うかなぁ」なんて思いながらびっくりして。それがぼくの中に金属音がインプットされた瞬間でしたね。

山口 啓示のような体験ですね。
長屋 それからバリに旅行したときにもインプットがあって。バリ固有のガムランはほとんどが金属打楽器によって演奏されるんですが、そのアンサンブルは音の波がうねるような感じで、うわーーんと倍音が膨らんですごいんですよ。

ぼくはそれまでロック・ミュージックやアヴァンギャルド・ミュージックしか知らなかったんだけど、電気を使わずにこういう音が出るのか、とものすごい衝撃だった。これはロック以上だ、とすごく惹かれたんです。

山口 まるで何かに導かれているよう。
長屋 それで金属って何なんだろうと考え始めたんです。インドネシアのバリやジャワ、それからヴェトナムやタイといった東南アジアでは、みなゴングを使うんですよ。ゴング文化圏で。

ぼくら日本人はゴングは使わないけれど、でもお寺の梵鐘がありますよね。弥生時代の銅鐸も中国南方の銅鼓が原型と言われていて、結局、一つの潮流みたいなものがインドネシアから日本まで繋がっている。青銅器文化というかゴング文化は、似たようなものはあったとしても世界にもあまり類を見ないもので、アジア圏の東南部のほうでグルグル 渦を巻いているというのか。

そうした鈴(りん)に対する感受性とーーサラダ・ボウルでもいいんだけれどーーああいう余韻が長く倍音に満ちた凝縮した音に対する感受性と、インドネシアでゴングにずっと親しんできた感受性というのは、そう遠くないんじゃないかな、と思ったんです。

山口 最初は金属だけで演奏されていたんですか。
長屋 最初はとにかく試みだと思って、金属だけでした。鈴(りん)、それに似たチベット密教の法具であるシンギング・ボウル、ウィンド・ベルーーそうした金属系のものをたくさん使いましたね。


    
 



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