●words from SAYOKO
●第一章 プレスリーの点描を描く小学生
●第二章 パソコンと出会いデジタル・コラージュへ
●第三章 隙間、亀裂、ひび、塵の美しさ
●第四章 蓄音機でDJ
●第五章 デジタルとアナログの間
 
第五章 デジタルとアナログの間

山口 先日の個展では書道の見本書を解体したコラージュ作品を出品されていましたが、これはこれまでと違ってコンピュータではなく手で作られたものですね。
永戸 正直、デジタルで仕事をしすぎて、デジタルでのもの作りを一回止めたくなった、というのがあって。それでほんとうに、糊と紙だけで作ったんです。最後に微調整するのにも、数十年経っている和紙を消しゴムみたいに貼って。だから完全に糊と紙だけで作ったアナログの作品なんです(www.nagato.orgにて作品画像を公開中)。

今回は文字だけをコラージュしたんですけれど、文字というのはそれ自体が人間の文化の固まりであり、また一方で文化を記録する道具ですよね。文字自体にも意味があって歴史がある。それをちぎって接合することで、違った形や意味が見えてくるのではないか、と思って作ったんです。

山口 書を使ったシリーズの作品で、いろんな形がありますが、ちぎりながらあの形に近づけていくのか、それともやっていくうちにああいう。先に計算して切り貼りされるのか、どちらなんでしょう。
永戸 2つあるんです。個展をやるために作ったので、具体的に人だとわかるようなのと、なんかわからないしぶきの固まりの2通り作りたい、というのがあったんです。前者は人のような形を作ろうと意図しましたが、後者のほうは勝手にできあがっていって、という感じですね。
山口 子供の頃にやっていたことが今、ここに戻ってきている。
永戸 そうですね、戻ってきていますね。でもこれも、コンピュータでコラージュをやった経験が自分の中にあるからできた手法です。
山口 デジタルの手法をアナログに移し替えた、というのは面白いですね。
永戸 やってみたらできちゃったんですよ。あぁ、コンピュータでやってたからできたんだな、と。手でやったからこそできる感覚や関係性もありますし。それがフィードバックされて、またデジタル表現でも何かしらの変化が起こると思うんですけれどもね。

これまでにもアナログで作ったものをスキャンしてデジタル化する、ということはやっていたので。だから今回はデジタルでできた考えをアナログで手作業に落とし込んでいく……そうして行ったり来たりすると思うんですよね。どちらも使っている道具なので。

山口 デジタル表現に行ったときに、もう一度アナログの価値も再認識できて、時代遅れのものではなく別の性質のものとして捉えることができる。今はもうそういう時代ですよね。アナログのみでも無理だし、デジタルのみでも無理だし。
永戸 もうアナログ・オンリーでというのも無理ですよね。だってここにこんなに使いやすいデジタルのものがすでにある。それを拒否していようが、いやがおうなしに入っていくるわけで。
山口 デジタルとアナログ、行ったり来たりしているうちに、今までにはない方向に行けるんじゃないかと思います。
永戸 そうですね、両方バランスよく。

ぼくも昔はアンチ・デジタルな感覚があったんです。部分的に。そのアンチな部分を取り除いて作ったりしていたのもあるんですよ。でもやっていくうちに、そういうものがなくなって、今やフィールドとしてはどちらでもよくなったんです。

山口 そのときの個展で線のものがありましたが、ああいった作品も前から作られていたのですか。
永戸 あれは一種の自動書記というかーー暇なときに無意識に手を動かしてちょろちょろ描いたものがあるんですが、その中から好きな形を選んでもう1回アクリルで清書したものなんです。

アナログのコラージュのほうは、時間が重なりを内包した意味をもつ書/文字を1回解体して合体させた形状を見せているのに対して、こちらのほうは瞬発的に自分の肉体を使って出てきた意味がないようであるように見える形状を見せている、という感じです。

山口 これからの方向性でご自分で意識したり考えたりしていることはありますか。
永戸 どうなるかはわかりませんけれど、今まで見たことがないものを自分でまず見たい、というのはずっとあるんです。それを人に見せて良し、と思えば作品として公表する。そういう気持ちで作ってきましたから、それを繰り返していければと思うんです。死ぬまで。見たことがなくて見せる価値のあるものを作っていきたいと思っています。
構成:下田敦子 

   
 



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