●words from SAYOKO
●第一章 プレスリーの点描を描く小学生
●第二章 パソコンと出会いデジタル・コラージュへ
●第三章 隙間、亀裂、ひび、塵の美しさ
●第四章 蓄音機でDJ
●第五章 デジタルとアナログの間
 
第二章 パソコンと出会いデジタル・コラージュへ

山口 それまで手で描かれていたのに、コンピュータを使って製作するようになったのには何かきっかけがあるんでしょうか。
永戸 遺跡発掘のバイトを3年くらいやってから、次にスーツを着るようなバイトをしようと思って司法試験のポスターなどを作る会社の制作部に入ったんです。そこでコンピュータを覚え、それからコンピュータを自分で買って作品を作り始めたんです。

スキャナーってあるじゃないですか。たぶんコピーが初めて登場したときもそうだと思うんだけれど、みんなふざけて自分の顔をコピーしたり遊んだと思うんです。同じように手をずらしながらスキャンしたり、遊んでいたんです。

そうしてスキャンしたデータや、東京の街中を歩きながらデジカメで撮り溜めた写真を、なんでも平均的に扱って着色したり合体させたり、延々としていたんです。そうしてくうちにだんだん今の形になっていった、という感じですね。

山口 ではコンピュータやスキャナで遊んでいるうちに自然に今のスタイルができあったんですね。
永戸 手で切って貼ってのコラージュは、子供の頃にもちぎり絵や切り絵をやっていたんですよ。でも今の形のコラージュを始めたのはコンピュータを使い始めてからのことですね。

今、Photoshopというソフトを使ってコラージュ作品を作っているんですが、なめらかに接合できるんです。貼り合わせたときの素材と素材の境目が、コンピュータだと滑らかに繋げられるんです。異物と異物をなんでもかんでも滑らかに繋げられる。柔らかな接合がデジタル・コラージュの良さで。そこにはまっていってしまったんですよ。

山口 もしコンピュータがなかったら……
永戸 コンピュータがなかったら、今、コラージュをしているとは思えない。違ったことをしていたかもしれないと思いますし。描いているのか何をしているのか想像つかないけれど、たまにやって終わっていそうですね。
山口 コラージュというのは、どこかで生まれたイメージ……つまり記憶を合わせて再構成するということで、それは人間の記憶あり方と似ていると思うんですが、記憶について考えることはありますか。
永戸 考えることはありますね。記憶そのものというよりも、人の繋がりに思いを馳せたり。前の世代や自分の子供のことについてだったり。そういう中で自分が人間の繋がりの中にあるんだ、といろいろ考えたりします。
山口 永戸さんにとってのコンピュータは、記憶を編集するのに便利な道具である、ということなんだろうな、と思います。
永戸 そうですね、コンピュータの中にはものすごい情報が入っていますから。自分で撮り溜めたデジカメの画像や、スキャンしたさまざまなもの、古い印刷物など、ぼくが惹かれて気に入ったさまざまな素材が1万点近くハードディスクの中に入っているわけですから。


    
 



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